「実際の企業の決算書を見たい…」。そんな風に思ったときに手にとりたいのが矢部謙介先生のご著書、「見るだけで「儲かるビジネスモデル」までわかる 決算書の比較図鑑」です。

実在企業の比較で分かる決算書

本書の特徴の第1は、実在の企業が取り上げられているところです。それも、誰もが知っている有名企業がピックアップされているので、初学者にもなじみやすいでしょう。たとえば第1章の貸借対照表を解説したところでは阪神タイガースと福岡ソフトバンクホークス、さらには北海道日本ハムファイターズが取り上げられています。そして損益計算書を解説したところでは、Jリーグの有力企業、川崎フロンターレ、浦和レッズ、ヴィッセル神戸が並んでいます。

第2章以降では、小売り・流通業、外食・サービス・金融業、製造業と業界ごとに分かれているので、「うちの業界のあの有名企業はどうなっているか」という観点でも興味深く読み進めることができるでしょう。ただ、逆に言うと数多くの企業が取り上げられているので、企業名ごとの索引があればさらに読者には便利かと思いました。

本書の特徴の第2は、比較がされているところです。たとえば上述のJリーグの有力チームの運営会社、営業収入を100としたグラフで、つまり同じ背の高さの図が横並びで並んでいるので、違いが分かりやすくなっています。たとえば川崎フロンターレが営業利益11%と超優良企業なのに対し、浦和レッズは2%と厳しい状況になっています(2020年1月期)。

ビジュアル決算書で初心者にもなじみやすい

本書の特徴の第3は、決算書をグラフでビジュアルに紹介しているところにあります。決算書や会計というと、ともすると細かい数字が並ぶことになり、苦手意識を持つ人はこれを見ただけで「無理」と思ってしまいそう。しかし本書ならば、グラフで示されているのでスムーズに読み進めることができるでしょう。

貸借対照表(BS)の図はよくある左右二つに分けられた資産=資本+負債というフレームワークにのっとっているので、多くの人になじみやすいでしょう。一方、損益計算書(PL)は、よくある表組みで上から「売上」、「原価」というスタイルではなく、左右に分かれて表示されています。本質的には表組みも左右表示も大きな違いはありませんが、初学者が読むときには少し違和感を感じるかもしれません。

さらに、キャッシュフロー計算書は、ウォーターフォールチャートです。つまり、期初の現金残高から、どのくらい上がったか、下がったかがグラフの高低によって表されていることになります(詳しくは本書32Pを)。

決算書の背後にある戦略を読み取る

本書の魅力は、単に決算書を並べるだけでなく、その背後にある会社の戦略を読み取れるところにあります。たとえばJリーグの有力3チームの比較では、同じサッカーチームと言っても「儲け方」に違いがあることが解説されています。川崎フロンターレは、2017年、2018年とJリーグを連覇したことによるJリーグからの分配金が大きな割合を占めていることが紹介されていて、まさにチーム運営としては「王道」と言えるでしょう。

一方の浦和レッズは、「入場料収入」が営業収入の28%を占めているそうです。これは、川崎フロンターレの15%、ヴィッセル神戸の11%と比べると圧倒的に大きなもので、数多くの熱狂的なサポーターに指示されている浦和レッズならではでしょう。これもまた、Jリーグのチームとしては王道的な経営に見えます。

一方のヴィッセル神戸は、スポンサー収入が65%と大きな割合を占め、前述の2チームとはやや異なる様相を呈しています。おそらくは、有名選手を獲得してチームの知名度を高め、それを本業につなげていこうという楽天グループの一環と想像されるので、どちらかというとJリーグと言うよりは、プロ野球のビジネスモデルに近いように感じます。

ちなみに、この3チーム以外にはサガン鳥栖が「悪い例」として取り上げられています。いわく、

2018年シーズンにアトレティコ・マドリードからフェルナンド・トーレス選手を獲得しましたが、その後大口スポンサーの撤退により営業収入がげきげんしました。2019年には(中略)営業損益は18億9,800万円の赤字。

もっとも、これは損益計算書や戦略の問題と言うよりも、資金調達側の問題でしょう。大口スポンサーから獲得した資金は「使わざるを得ない」ものであり、資金調達戦略の不全が大きな赤字をもたらしたと想像します。


画像はアマゾンさんからお借りしました。